泉福寺の阿弥陀三尊像

  堂々とした鎌倉時代の阿弥陀像

住所

滑川町和泉1681

 

 

訪問日 

2010年7月17日

 

 

 

拝観までの道

泉福寺(せんぷくじ)は埼玉県のほぼ中央・滑川町(なめがわまち)の北部にある。

どの駅からも遠く、バスもないようなので、筆者は東武森林公園駅北口にあるレンタサイクルを利用した。駅から45分くらいだった。

 

東武レンタサイクル

 

駅の北から県道47号線に入り、北北西に5〜6キロ行くと、泉福寺と書いた大きな看板が立っているので、そこを左折。町の名前にもなっている滑川(荒川支流)に平行するようにその北側の道を北西に2キロほど行くと、正面に泉福寺が見えてくる。

やや遠回りになるが、駅から北に3キロほどのところにある国営森林公園の南入口までは緑道が整備されている。その西には町役場や体育館、図書館が並ぶ一角があり、そのあたりから滑川沿いに上流(西)の方へ向うのもよい(この川沿いの道は舗装道路でなく、狭い)。

 

 

拝観申請の方法

住職は兼務のため、普段は無住。拝観は町の教育委員会の担当者の方に立ち会ってもらえば可。

その手順としては、まず教育委員会に電話して拝観の申請書の送付をお願いする(FAXかメールで届く)。この時に担当の方の都合良い日をあらかじめ聞いておくとスムーズに進む。

申請書はできれば1ヶ月前までに、郵送で(印を押すところがあるので、こちらから送るときにはFAX・メールは不可)。その際80円切手を貼った返信用封筒(それで許可書が届く)を入れること。

ややめんどうだが、仏像の盗難事件も起きているこの時代、こちらの身元を明らかにして文書で申し込むのはお互いにとって分かりやすくてよいやりかたと思う。

申請書には「拝観の目的」を書く欄があるが、「古仏巡礼のため」といった簡単な記述で大丈夫。

ただし、荒天時は不可となる。

 

 

拝観料

特にない

 

 

お寺や仏像のいわれ

泉福寺の名前は、地名の和泉(泉)から来ているらしい。

このあたりは、有力な鎌倉御家人であった毛呂(もろ)氏の領地だったようで、仏像もその関係で造立されたのではないかと推測されているが、寺には古い文書が伝わらず、不詳である。

なお、埼玉県内でやはり鎌倉時代の阿弥陀如来像を所蔵する桶川市の泉福寺という寺院があるが、特に関係はないとのこと(桶川市の泉福寺は天台宗、滑川町の泉福寺は真言宗)。

 

 

拝観の環境

阿弥陀三尊像は収蔵庫内に安置されている。扉口からの拝観で、像までの距離がややあるが、照明もあり、よく拝観できる。

 

 

仏像の印象

中尊の阿弥陀如来像は像高約80センチの坐像。ヒノキの割矧(わりは)ぎ造、彫眼。定印を結ぶ。

はちきれんばかりの丸顔。肉髻はやや低く、地髪から自然に盛り上がる。螺髪の粒は小さく、よく整い、髪際は自然にカーブする。

上半身や膝の左右への張り出しは実に堂々としている。衣の襞(ひだ)はやや深い。

右の脇腹から左肩への衣の端が反転し、折り畳まれる様子は鎌倉時代らしいリアリティが感じられる。

 

脇侍像は堅実な造形で、下半身は長く、わずかに腰をひねって立つ姿は美しい。中尊は国指定重要文化財であるのに対して脇侍像は埼玉県指定文化財と異なった扱いとなっているが、当初からの一具と思われる。

 

中尊の像内に修理銘があり、それによると鎌倉中期の1254年に仏師定生房が修復をしたとある。これを文字通り修復ととれば、鎌倉前期につくられて数十年たち修理をしたということになるが、むしろこの1254年に新造されたのではないかとする意見もある。

なお仏師定生房だが、東隣の東松山市・等覚院の阿弥陀如来像を修復した定性と同一人物と考えられている。

 

 

さらに知りたい時は…

『さいたまの名宝』、埼玉県立博物館、平凡社、1991年

『滑川村史 通史編』、滑川村、1984年

『埼玉県指定文化財調査報告書』第14集、埼玉県教育委員会、1984年

 

 

仏像探訪記/埼玉県