泉福寺の阿弥陀如来像

  鎌倉中期の在銘像

住所

桶川市川田谷2012

 

 

訪問日 

2010年2月20日 

 

 

 

拝観までの道

泉福寺(せんぷくじ)は、高崎線桶川駅西口から東武バス川越駅行きに乗車し、「三ツ木」下車、南に徒歩10〜15分。または、桶川市内循環バス(西回りまたは東西循環外回り)で「いずみの学園前」下車、徒歩3分。

 

東武バス  桶川市内循環バス

 

拝観は事前連絡必要。ただし雨天時は不可となる。

お寺の方のお話では、来客の多い時期など拝観は難しいとのこと。余裕をもって日程をご相談するとよいと思う。

 

 

拝観料

志納

 

 

お寺のいわれ

山号を東叡山、すなわち東の比叡山と称する天台寺院で、なかなか大きなお寺である。

一般に伽藍は南面して営まれることが多いが、このお寺は西南に面する。すぐ前は荒川。晴れていると富士山が真っ正面だそうだ。

仁王門には江戸時代の石の仁王像が安置されている。石像のため、腕の振りなど制約がある中での造形だが、そのために逆に味わいある像となっている。

正面が阿弥陀堂(大堂)で、向って右に本堂。本堂本尊は地蔵菩薩で、住職一代に一度開扉の秘仏とのこと。

 

お寺の創建は平安前期、慈覚大師円仁と伝える。戦国時代の戦火で焼け、本堂、阿弥陀堂、仁王門はいずれも江戸時代の再建。

 

 

拝観の環境

阿弥陀堂の本尊阿弥陀如来像は、向って左手前の収蔵庫に安置されている。

外の光が入り、よく拝観できる。

 

 

仏像の印象

像高は約90センチの坐像、ヒノキの割矧(わりは)ぎ造。定印の阿弥陀如来像である。

頭部はやや大きくつくり、肉髻はきれいな半球形をしている。髪際は正面でわずかにカーブする。螺髪(らほつ)は小粒で、整然と並ぶ。髪際、一番下の列が若干上向きに植えられているのか、髪と額が非常にくっきりと分かれている印象である。

全体に定朝様を受け継いでいるが、丸顔というより面長に近い。

上半身はゆったりつくり、脚部はやや低い。手はすらりとは伸びない感じである。衣の線は流麗だが、足の部分はしっかりと襞(ひだ)を刻んでいる。

端正な美しさがあるとともに、引き締まった顔つきやくっきりした衣の線が魅力的な仏像である。

 

像内に銘文がある。それによると、願主は藤原、橘、平姓の女性たちとその子息たちで、大仏師として十仏、造像年は鎌倉中期の1262年とわかる。十仏については他に史料なく不詳だが、この地域で活動した仏師であろうか。

脇侍は近世の補作。

 

 

造像年について

銘文には、「等身弥陀を建立し奉る、大仏師十仏」とあり、そのあとに発願者の名前、最後に「弘長2年(1262年)4月15日、之を造る」とある。素直に読めば、1262年の造立である。

しかし、銘文が本当に造像当初のものか、修理銘かは判断が難しい場合がある。

「修補」とあっても、実態はほとんど新造という場合もあり、逆に古い像を修理しても、新たに造像の儀礼を行って新造のように扱われるという場合もあったかもしれない。

本像についても、平安末〜鎌倉初期の作といっても様式的に矛盾せず、銘は修理時のものという可能性もある。

その場合には、螺髪の最下段がやや額に覆いかぶさるようにつくられ、また正面で若干カーブしているのは、鎌倉初期には見られない様式であり、修理の際に改造されたということになる。

 

 

さらに知りたい時は…

「造像銘記からわかること」(『月刊文化財』512)、奥健夫、2006年5月

『泉福寺』(『さきたま文庫』43)、吉川國男、さきたま出版会、1993年

『桶川市史』7、桶川市役所、1986年

 

 

仏像探訪記/埼玉県