正延寺の胎蔵五仏

  毎年1月1日に開扉

住所

船橋市西船3-3-4

 

 

訪問日 

2012年1月1日 

 

 

この仏像の姿は(外部リンク)

船橋市ホームページ・木造五智如来坐像

 

 

 

拝観までの道

正延寺は京成西船駅下車、東へすぐ。京成線の線路の北側にある。

西船橋駅北口からも歩ける距離。

 

本尊の胎蔵五仏は秘仏で、以前は長く開扉を行わなかったそうだが、県の文化財に指定されて以後、毎年1月1日に開帳されている。

年がかわる前、除夜の鐘をつき始めるころから開扉し、1日の未明の3時ごろにいったん閉め、また午前10時頃から日中あけているとのこと。

この日は、年一度のご開帳を待ち望んでいた近隣の皆さんが途絶えることなく参拝に訪れる。

 

 

拝観料

拝観料の設定は特になかった

 

 

お寺や仏像のいわれなど

正延寺は真言宗寺院。

20世紀初頭に、正覚寺と延命院の2か寺が合併してできたお寺だそうで、それぞれの1文字をとって名付けられた。

 

本尊厨子に向って右脇に安置されている地蔵菩薩坐像が延命院の旧本尊、一方向って右の間に安置されている不動明王像が正覚寺の旧本尊と伝えられている。

現本尊である胎蔵五仏は、江戸時代に正覚寺の地中から見いだされたという伝えられ、本堂中央の厨子内に安置されている。

 

 

拝観の環境

お厨子は大きく立派なものだが、そこに5躰の像が入っているので、窮屈そうではある。また、当然ながら厨子内は影になり、暗い。しかし、そばに寄って拝観させていただけるので、像の様子はある程度わかる。

 

 

仏像の印象

像高は中央像が約60センチ、そのまわりに置かれた4如来像は約40センチ。いずれも坐像である。

カヤの一木造で、内ぐりもなく、また上腕部まで共木で彫り出すなど、古様な構造である。定朝様が及ぶ以前の平安時代中期または後期にかけての像と思われる。

 

全体に素朴な彫りの像であり、表面は荒れ、目鼻立ちはくっきりとはしない。

しかし、よく見ると、なかなか堂々とした像である。

頭と体のバランスがとれ、脚部もどっしりとつくって、安定感がある。

 

中央の大日如来像は、しっかりとした天冠台にそれほど高さのない宝冠をいただく。胸飾りや腕飾りも、素朴だが質実な感じである。姿勢よく、衣の襞(ひだ)もしっかりと刻まれている。

他の4如来は螺髪で、粒は細かく、肉髻は地髪から自然な盛り上がりを見せている。

 

ただし4如来のうちの1躰は近世の補作、また1躰は膝前が後補。

 

 

胎蔵五仏について

金剛界曼荼羅と胎蔵曼荼羅(胎蔵界曼荼羅)が対になった両界曼荼羅は、密教にとって非常に大切な図である。

お堂の中で、胎蔵曼荼羅は東に、金剛界曼荼羅は西に掛けられるものだそうだ。この正延寺にも、本尊厨子の左右に両界曼荼羅図(版画のもの)が掛けられている。

 

胎蔵五仏とは、胎蔵曼荼羅の中央のひときわ大きな部分、すなわち「中台八葉院」を構成する胎蔵界大日如来と4如来・4菩薩のうちの大日如来、4如来をセットにしたものである。 

四仏は、宝幢(ほうとう)如来(東方)、開敷華王(かいふかおう)如来(南方)、無量寿如来(阿弥陀如来、西方)、天鼓雷音(てんこらいいん)如来(北方)という名前で、それぞれに特徴のある手の形をしている (胎蔵曼荼羅は堂内東側に掛けられるので、上が東となる)。

 

正延寺の五仏は、中央の像は手を腹前に組み(法界定印)、冠やアクセサリーを着けた姿で、まさしく胎蔵界大日如来像である。まわりの4仏については、手先はほとんどが後補となっているのだが、中に1躰、左の手が脚部の上で衣の端をとっている像がある。この左手先は膝前と共木で彫られ、当初のものであり、これは胎蔵曼荼羅の開敷華王如来の手の形と同じである。このことから、この五仏は、忠実につくられた胎蔵五仏であろうと推定された。

現在これらの像は、胎蔵五仏の印相によって修復されている。

 

なお、近世補作の像は宝幢如来像(左手で高い位置で衣の端を持っている像)で、一見すると他の像と雰囲気が似るが、新しいだけに彫りがくっきりとして、よく見ると補作であることがわかる。

 

 

その他

金剛界のうち重要な五仏をセットにした五智如来像は、東寺の講堂をはじめとして比較的多く残るが、胎蔵五仏の彫像は極めて少ない。他の例としては、兵庫県の淡路島にある浄滝寺の五仏(平安末〜鎌倉初期頃の像)が知られる。

 

 

さらに知りたい時は…

『千葉県指定有形文化財木造五智如来坐像保存修理報告書』、船橋市教育委員会編、正延寺発行、1995年

『千葉県の指定文化財』3、千葉県教育委員会、1993年

「西船正延寺木造五智如来坐像について」(『船橋市史研究』6)、吉田辰郎、1991年3月

 

 

仏像探訪記/千葉県