妙楽寺の諸像

  年1度、本堂内陣公開

住所

睦沢町妙楽寺500

 

 

訪問日 

2009年2月8日、 2010年3月20日 

 

 

この仏像の姿は(外部リンク)

妙楽寺ホームページ

 

 

 

拝観までの道

睦沢町は房総半島の東部にある町で、妙楽寺はその西南部にある。

本堂は普段は閉ざされているが、年1度、2月上旬の日曜日に開扉、護摩炊きが行われ、にぎわう。その日はJR外房線茂原駅南口からシャトルバスが運行される。バスは3往復を予定しているが、人出に応じて増便される。

路線バスでは、隣の上総一ノ宮駅から小湊バス(大多喜行き)が出ているが、土日は運行しない(茂原駅からは平日、土日とも1日1往復のみ)。また、このご開帳はよく知られているのか参拝客が多く、車は駐車場から溢れてしまうので、シャトルバス利用がよいようだ。

開扉日や護摩炊き時刻、シャトルバス運行予定については、同寺のホームページで案内があるので参照のこと。

 

 

拝観料

特に拝観料といった設定はない。

 

 

お寺のいわれ

妙楽寺は天台宗の寺院である。かつては大きなお寺であったというが、度重なる火災等で、その歴史をたどることはほとんど不可能となっている。

本来の本堂も近世に焼失し、大日如来像を本尊とする大日堂(江戸時代中期の建物で、欄間に彫り物がなかなか豪華)が現在は本堂となっている。

中央に大日如来像、その左右に不動明王像と毘沙門天像が安置されている。

 

 

拝観の環境

この日は 数十分間の護摩炊きが3回行われ、それぞれの回の終了時には申し込んだ方にお札が配られるので、本堂内は多くの人であふれる。その合間を縫って拝観する形となる。じっくりと拝観というのはやや難しい。

 

*ご開帳日以外でも、事前に電話でお願いしておくとご本堂に明かりをつけておいてくださる。内陣と外陣を隔てる格子の外からの拝観で、仏像までやや距離はあるが、落ち着いた雰囲気でゆっくりと拝観ができる。

 

 

仏像の印象

大日如来像は像高約280センチの坐像。丈六像である。大きく迫力のある像で、須弥壇が小さく見える。

カヤの割矧(わりは)ぎ造。背面にはスギ材が寄せられているが後補。これほどの大きさの像が基本的に一本の木で造られているという事実に圧倒される。

定印を結んでいるので胎蔵界の大日如来である。条帛、腕飾り、天冠台をつけるが、他のアクセサリーは亡失。まげは小さい。なかなか厳しい顔立ちで、上半身はたくましく、力強い。また、姿勢がよく、全体に安定感がある。地方の仏像で、これだけのバランスよい巨像が造られていたことに驚きを覚える。膝の高さは低く、下半身を包む衣の襞(ひだ)は浅く、平安時代後・晩期の様式が及んでいることがわかる。

 

光背はなかなか豪華で、身光に化仏(後補)をつけ、周縁には供養菩薩を配し、一番上には本体と同じ姿の胎蔵界大日如来像がつけられている。

 

1946年に調査が行われ、像内には梵字が墨書されているのが発見された。しかし字体の崩れと荒く削った内ぐり面への墨付きの悪さのために、判読が難しい。大日如来および不動明王に関する真言であることは確からしい。造像の年や願主などの記載はない。

 

大日如来像の両脇には不動、毘沙門像が安置されている。中尊の大日如来像が丈六の巨像であるため、この2体は小さく見えるが、実際には像高はともに170〜180センチと等身大の立像である。ヒノキの一木造で本尊像同様平安時代後期の作と考えられている。頭部は大きく、体はやや傾げ、全体に動きがあまりない。ややぎこちない像ではあるが、地方的な稚拙さが親しみを感じさせる。

中尊とは材質や作風が異なり、大日の脇侍に不動、毘沙門がつくというのも異例で、本来は一具でなかったのかもしれない。しかし、すでに述べたように中尊像の像内銘中に不動明王に関連する真言があることから、もともと不動明王像を脇侍としていた可能性もある。

なお、不動像の背板には、漢字で不動明王に関する真言の墨書銘がある。

 

毘沙門天像は全体の雰囲気や構造が不動像に近く、かつ不動と毘沙門という尊格の異なる像の組み合わせは天台宗を中心によくみられるものである。

毘沙門天像は彫り痕を表面に残す荒彫り像である。鉈彫りというには鑿(のみ)目が揃っていず、何らかの事情で未完成のままとなったか、それとも不動像との差異をあえて出したいと考えてこうした作風としたのか、判断はむずかしい。

 

 

その他

この寺にはもう1躰の毘沙門天像が伝わっている。こちらの毘沙門天像は荒彫り像ではなく、やや大人しい作風の像である。かつてはこの荒彫りでない毘沙門天像が大日如来像の向って左脇に立ち、荒彫り像はその外側に安置されていた。しかし作風および構造から、本尊の向って右側に立つ不動明王像に近いのは荒彫り像の方であるとしてこちらを脇侍にし、荒彫りでない像は現在は睦沢町立歴史民俗資料館に寄託されている。平安時代後・末期の作と考えられている。

 

睦沢町の中央部にある町立歴史民俗資料館には、この像の他にも町内の古代、中世、近世の仏像が寄託され常設展示されている。ただし展示スペースが限られているため、企画展開催時には仏像の展示は見られないことがあるので、事前に問い合わせて行くのがよい。

交通は、上総一ノ宮駅から大多喜駅行き小湊バスに乗車し「睦沢公民館前」下車だが、このバスは土日運休である。

なお、妙楽寺開帳の日に運行されるシャトルバスの帰り便で、資料館に寄るものがある。同寺のホームページで確認のこと。

 

睦沢町立歴史民俗資料館ホームページ

 

 

さらに知りたい時は…

『房総の神と仏』(展覧会図録)、千葉市美術館、1999年

『千葉県指定有形文化財 木造不動明王立像・木造毘沙門天立像保存修理報告書』、睦沢町教育委員会編集、妙楽寺発行、1997年

『房総の仏像彫刻』、千葉県教育委員会、1993年

『日本彫刻史基礎資料集成 平安時代 造像銘記篇5』、中央公論美術出版、1970年

 

 

仏像探訪記/千葉県