鶴林寺の聖観音像

  聖徳太子ゆかりの寺に伝わる観音さま

住所

加古川市加古川町北在家424

 

 

訪問日

2009年7月19日、  2017年4月2日

 

 

この仏像の姿(外部リンク)

鶴林寺公式ホームページ(鶴林寺美術館・仏像)

 

 

 

拝観までの道

最寄り駅は山陽電鉄の尾上の松駅で、徒歩15分から20分。

JR加古川駅からはコミュニティバス(かこバス、別府ルート)で「鶴林寺」下車すぐ。バスの本数は1時間に2本くらい。

 

加古川市コミュニティバス「かこバス」について

 

 

拝観料

入山料500円+宝物館500円

 

 

お寺のいわれ

鶴林寺は聖徳太子ゆかりの寺と伝える。

境内は明るく、本堂、仁王門、鐘楼のほか、三重塔、太子堂、常行堂、護摩堂、講堂など、たくさんのお堂が軒を連ねている。

 

鶴林寺は幸せな寺である。不慮の火災にあったという記録もなく、兵火にもあっていないらしい。信長、秀吉によって寺領が削減されたということはあったが、どの時代を通じても聖徳太子信仰を柱に寺運は盛んであったようだ。歴史の荒波にもまれて、小さな境内にお堂がひとつといったお寺もある中で、鶴林寺は大小さまざまなお堂が甍を並べ、多くの宝物を現在へと伝えている。

 

 

拝観の環境

新宝物館が2012年10月に開館した。

全体には照明を落とし、ライトを効果的に使った展示である。

飛鳥時代にこの地へ来て活躍したと伝える高句麗僧恵便(えべん)の像は素朴な造形、また平安時代前期ころの重厚さをもった十一面観音像などが壁付きのガラスケース内に置かれ、間近でよく拝観できる。

 

 

仏像の印象

鶴林寺の仏像で最も有名なのが、聖観音像である。宝物館に入った右手の中央、独立ケース内に安置されていて、側面や背面も見ることができる。

 

像高80センチあまりの立像で、ブロンズの像。白鳳期の仏像の代表作のひとつであるが、江戸時代以前どのように伝えられてきたのかは分っていない。

この時代の金銅仏らしく顔はやや大きめにつくられ、やさしくほほえみを浮かべている。顔つきは有名な興福寺仏頭(7世紀後半)に近いものがある。まげは低く、三面頭飾。正面の頭飾にはやや抽象化したような阿弥陀像が描かれて、この像が観音像と分かる。

 

腰を絞るとともにややひねり、左足を少し浮かせて、足先を左へと出す。衣は薄くあらわされ、特に条帛は体に吸い付くようである。足の間は折り畳まれた裙の縦の線に腰から下がる紐が重なりあって縦のラインが強調されるが、その左右では足の動きにつれて現れる連なる楕円の模様が美しい。さらに左右の頭飾から下がる紐、左肩からの天衣、条帛はそれぞれ重なりあって、変化をつけている。

また、体の中心につけている大きな花のかざりが強いアクセントとなっている。

 

 

太子堂の仏像について

本堂の横、小さな美しい建物が太子堂である。平安後期、1112年につくられ、内部は非公開。

その内陣部分のレプリカが宝物館内で公開されている。太子堂内は美しい壁画で装飾されていたが、経年の劣化が著しい。それがレプリカでは鮮やかに再現されている。

 

太子堂の仏像は釈迦三尊像と四天王像で、宝物館に移され、レプリカの太子堂内陣のケース内で見ることができる。

中尊の釈迦如来像は像高約50センチの坐像。割矧(わりは)ぎ造、玉眼。小像ながら威厳を備えた像である。

一方、脇侍の文殊、普賢像は、それぞれ獅子、象に乗る。像高は30センチあまり。一木造で、やや素朴な感じがする。獅子座、象座も当初のもの。脇侍は太子堂建立当時からの像である可能性がある。中尊と脇侍は作風や構造が異なっていて、中尊だけが何らかの事情で少しあとの時代に再興された像であるのかもしれない。

四天王像は、各像高70センチ弱。一木造で、ややぎこちない体勢の古様な像である。おそらく釈迦三尊像の脇侍像と同じ頃の作と思われる。

 

 

寺号について

当初は四天王寺聖霊院といったが、平安時代後期に鶴林寺に改められたと伝えられている。

鶴林寺という名前のお寺は、四国八十八箇所霊場のひとつである徳島県の鶴林寺など、全国にいくつも存在する。鶴林とは、釈迦が涅槃に入ったときに沙羅双樹の林がいっせいに白く変じて、白鶴の群れのように見えたという故事に由来する。

 

 

その他(本堂の仏像)

本堂の仏像は厨子中に安置される秘仏で、本来数十年に一度の開扉。前回のご開帳は1997年であったので、次は2057年となる。

しかし、お寺にとって大きな行事があるときにはその間でも開かれることがある。2012年には、10月、11月の2ヶ月弱、太子堂900年記念、新宝物館落成記念として開扉され、内陣で特別拝観が行われた。

本堂の厨子は巨大で、本尊の薬師如来坐像は平安時代中期頃のたいへん堂々とした像である。

 

 

さらに知りたい時は…

『鶴林寺信仰の諸相』(鶴林寺叢書4)、刀田山鶴林寺編、法蔵館、2012年

「鶴林寺所蔵聖観音菩薩立像の復元と造仏工」(『日本美術史の杜』、竹林舍)、山田磯夫 、2008年

『太子堂とその美』(鶴林寺叢書1)、刀田山鶴林寺編、法蔵館、2007年

「鶴林寺所蔵聖観音の調査」(『奈良美術研究』4)、山田磯夫、2006年

『はりまの名刹 刀田山鶴林寺』(展覧会図録)、兵庫県立歴史博物館、1991年

『金銅仏』(『日本の美術』251)、鷲塚泰光、至文堂、1987年

『加古川市史7・別編1 民俗文化財編』、加古川市史編さん専門委員会、1985年

『鶴林寺』(『古寺巡礼 西国』4)、淡交社、1981年

 

 

仏像探訪記/兵庫県