観音寺の十一面観音像

  奈良時代後期、木心乾漆像の代表作

住所

京田辺市普賢寺下大門13

 

 

訪問日 

2009年1月16日

 

 

 

拝観までの道

JR片山線(学研都市線)三山木駅または近鉄京都線の三山木駅から西へ徒歩25〜30分。

バス(奈良交通)もあるが、本数は少なく、歩く方が早い。ほぼ一本道でわかりやすい。

または駅からタクシーで1,000円前後(駅前に常駐)。

拝観は団体でなければ特に予約の必要はないとのこと。

 

 

拝観料

400円

 

 

お寺や仏像のいわれなど

創建は奈良時代と伝え、その第一世は良弁の弟子で東大寺のお水取りを創始者、実忠という。その縁で、今もお水取りに使う竹を東大寺に奉納しているそうだ。

もと普賢寺といったらしく、地名として残る。かつては興福寺の末として栄えた大寺だったそうだが、何度も火災にあい、本堂が残るばかりであるものの、本尊十一面観音像は奈良時代の木心乾漆の像である。

7躰ある国宝の十一面観音像のうちの1躰(他の6躰は渡岸寺六波羅蜜寺、法華寺、室生寺聖林寺道明寺の像)。

 

 

拝観の環境

本尊は本堂中央の厨子内に安置されている。ライトがあたって、拝観しやすい。

全身は金箔が落ちて黒々とした漆が見えているが、銅と異なり、照明を強く反射しないので像の感じがよくわかる。

近くに寄って拝観できるが、そうすると下から見上げる角度になり、離れると厨子の前の飾り物があって全身は見えない。寄ったり離れたりしているうち、印象が鮮明になってくる。

 

 

仏像の印象

像高は170センチ余りの立像。たいへん美しい像である。

奈良時代も後半になり、東大寺の法華堂戒壇堂に残る完成度の極めて高い仏像が出揃ったのち、ひとつの時代が終わりへと近づくころに放たれた最後の光芒がこの像であると思う。

頬が張って若々しさが前面に出、また鼻筋がよく通る。目は寄っている。誇張を嫌ってプロポーションよくまとめられているが、腕はなかなかたくましく、胸や腹は厚みを感じさせる。腰はしっかりと絞って、そこに条帛が吸い付くようにまわっている。

頭上面は後補のものが多いが、ご住職によれば箔が落ちているのが当初のものだそうで、そういえば黒く、よく頬が張っているものがある。

 

 

その他

よくいわれるが、奈良・桜井の聖林寺十一面観音像とよく似る。瓜二つとまで言うと言い過ぎかと思うが、細部の若干の異同を除いて非常に近い。

ただし、像高は聖林寺の像の方が2まわりほど大きく、また木心部の構造に違いがある。聖林寺の像が先行すると考える説が強いようだ。同じ仏師集団が同じ図像を用いて造った可能性もある。

 

 

さらに知りたい時は…

『京都南山城の仏たち』、京都南山城古寺の会、2014年

『日本美術全集』3、小学館、2013年

『上代南山城における仏教文化の伝播と受容』(公益財団法人仏教美術研究上野記念財団研究報告書第40冊)、2014年

『週刊朝日百科 日本の国宝』075、朝日新聞社、1998年8月

『X線による木心乾漆像の研究』、本間紀男、美術出版社、1987年

 

 

仏像探訪記/京都府