瀬古集会所の十一面観音像

  かかとを上げ、動き出さんとする仏さま

住所

津市白山町川口2022

 

 

訪問日

2011年10月10日

 

 

この仏像の姿(外部リンク)

三重県教育委員会の文化財のページ

 

 

 

拝観までの道

交通は、JR名松線関ノ宮駅から徒歩約15分。川口小学校の前。

毎年1月17日と8月17日の午後に開扉している。

その他の日も区長さんに事前にお願いすると可能な場合がある。問い合わせは津市の教育委員会まで。土日以外は難しいようだ。

 

 

拝観料

志納

 

 

お寺や仏像のいわれなど

古くはこの地に高田寺というお寺があったという。七堂伽藍を備えた大寺院であったというが、戦国時代に焼かれ、江戸時代を通して細々と存続したものの、近代初期に廃絶した。

その後集会所ができ、高田寺の旧仏を安置して、今に至ったという。現在の建物は1992年に建てられている。

大きな集会室の正面が仏間のようにしつらえられ、半丈六の堂々たる薬師如来坐像が安置される。この像が高田寺の旧本尊という。平安末〜鎌倉初期の定朝様の像である。

 

薬師像の向って左側に、十一面観音像が安置されている。

像高約50センチの立像で、かつては厨子中に奉安され、この地区の方々の信仰を集めてきたが、それ以外の方の目に触れる機会は少なく、広く知られることはなかった、

集会所が建て直される少し前のころに調査が行われ、その価値が「発見」されるところとなった。

 

 

拝観の環境

照明もあり、よく拝観できる。

 

 

仏像の印象

十一面観音像は台座蓮肉までの一木造、内ぐりもない古様なつくり。樹種はカヤ。頭頂部とくちびる以外は彩色のない素木の像で、檀像様の彫刻である。

顔は正方形に近いような四角、上まぶた・下まぶたとも腫れぼったくして、口も大きい。とても印象的な顔立ちである。

美しくもなく、優美でもない。

同じ檀像様、比較的小ぶりの彫刻で、かつ動きを強く表わした像として、醍醐寺の聖観音像が思い浮かぶ。この像の顔も四角に近く、力強さを感じるという点で共通するが、瀬古公民館の像の顔の方がより洗練されず、強い印象、すなわち人知を越えたところのものが発する威厳のようなものを感じさせる。

 

まげは高く、そのまわりに2段に頭上面を置く(ただし頭上面は後補)。

いかり肩。天衣は2段で下半身を横切るが、特に膝したを横切る天衣は右足を曲げているのにつれて大きな動きをはらみ、左右対称を大きく崩す。

太い条帛や裙の折り返しでは、力強く衣の線が刻まれている。

体は太つくりで、足も大きくつくられている。

特に注目すべきは右足のかかとで、高く上がっている。今まさに足を踏み上げて前に進もうとしている姿でもあろうか。生き生きとした動きを表わした像として、極めて希有のものといえる。

 

 

まさに動き出さんとする姿の意味

経典には、十一面観音像に祈って願いを叶えるための修法が述べられている。

定められた大きさ、材質で十一面観音像をつくり、香を焚いて祈る。どちら向きに安置するか、何を着て、何を食べていいか、呪文を唱える回数、日数など、厳密に定められている。それに従って修法を続けると、15日めの夜、大地が揺れて像が鳴動し、頂上の仏面が声を発して行者を讃えて、祈りが聞き届けられるのだという。

瀬古集会所の十一面観音像は右足のかかとを上げて、まさに動かんとする姿であるが、それは経典にある、祈りが聞き届けられた瞬間の像が動いた様子を表わしている可能性がある。

 

 

さらに知りたい時は…

『仏像の姿』(展覧会図録)、三井記念美術館、2018年

『三重県史 別編 美術工芸』、三重県、2014年

『南都大安寺と観音さま展』(展覧会図録)、パラミタミュージアム、2012年

『はくさんの仏像 白山町仏像調査報告書』、白山町教育委員会、2003年

「中勢地方の仏像」(『近畿文化』597)、赤川一博、1999年8月

『十一面観音像・千手観音像』(『日本の美術』311)、副島弘道、至文堂、1992年4月

『月刊文化財』334、1991年7月

「三重・白山町瀬古区の木造十一面観音立像について」(『仏教芸術』184)、松山鉄夫、1989年5月

 

 

仏像探訪記/三重県