朝田寺の地蔵菩薩像

  霊威にあふれる像

住所

松阪市朝田町427

 

 

訪問日 

2009年5月17日

 

 

この仏像の姿(外部リンク)

松阪市観光協会・ぶらり松阪路

 

 

 

拝観までの道

松阪駅から近鉄山田線に乗車すると次が東松阪という駅である。朝田寺(ちょうでんじ)はこの駅の北東、徒歩約35分のところにある。

松阪駅からだとタクシーで約10分、1,500円くらい。

 

法事等ある場合は拝観できないので、事前に電話で問い合わせてからうかがうのがよい。

 

 

拝観料

300円

 

 

お寺や仏像のいわれ

NHKの「にっぽん 心の仏像100選」(2007年放映)でも紹介されていたが、このお寺には、掛衣(かけえ)という珍しい風習がある。お葬式が終わったあと、遺族の方が故人の衣服を奉納する。その衣服は本堂に吊るされ、新盆を迎える時に下ろして焼くのだそうだ。

本堂(江戸時代の再建)の内陣に通ると、確かにテレビで放映されていたように、たくさんの衣類が天井から吊るされていた。

ご住職によれば、現在でこそこうした風習はこのお寺のみになったが、昔は多くのお寺で行われていたとのこと。また、亡くなった方の着物を外に出して、巡礼者に水をかけてもらうことが供養になるという風習もかつてはあったそうである。

 

衣類の下がっている先に厨子が安置され、その中に地蔵菩薩が安置されている。

寺伝によれば、川をさかのぼってきた霊材を信仰厚き長者が拾い、その材より空海が彫り出した像がこの本尊であるという。

地蔵菩薩の造像は、その初期においては、広隆寺の講堂の脇侍像(平安時代前期)のように、一山の本尊としてではなく、脇侍や脇堂のために造られる例が多かった。

このお寺は信長軍の兵火にあって焼け、その後場所を移して再建されていて、それ以前の様子はよくわからないが、もともと地蔵菩薩像を本尊としていたとするならば、その非常に早い例といえる。

 

 

拝観の環境

すぐ前で拝観させていただける。

 

 

仏像の印象

地蔵菩薩像は像高約170センチの立像。カヤの一木造。平安前期時代の作である。

への字に結んだ口と力強いまなざしが大変印象的である。彩色はほぼ落ち、下地の白がまばらに見えているが、これがさらに印象を強くしている。首は太い。肩はいかり肩で、よく見ると左右のバランスが異なるが、これはそのような性質の材を用いたからであろうか。

腕にかかる衣の襞(ひだ)は大変賑やかで、霊威あふれる像であると感じさせる。腹や太ももの肉付きや下肢の衣はそれほど誇張されてはいないが、股間に繰り返されるV字型の襞は極めて強い印象を与える。

足下は蓮肉まで共木である。台座はクスノキ製とのこと。残念ながら両手先は後補。

 

すぐ前から拝観させていただることもあって、本当に強い印象を受ける像である。厨子向って右側面の扉も開けてくださっていて、像のもつ頭や体の厚みもよくわかった。

 

 

その他

このお寺には本堂のほか、観音堂や弥勒堂というお堂があったが、老朽化が進み、中の仏像は本堂の脇堂に移されていて、こちらも間近に拝観できる。破損仏が多いが、本尊を忠実になぞった地蔵菩薩像や弥勒堂旧本尊の弥勒坐像などは保存状態がよい。

 

このお寺には曽我蕭白の大きな絵画が伝来している。毎年4月下旬から5月5日まで公開されているそうだ。

 

 

さらに知りたい時は…

「ほっとけない仏たち37 朝田寺の地蔵菩薩」(『目の眼』508)、青木淳、2019年1月

『三重県史 別編 美術工芸』、三重県、2014年

『地方仏』2、むしゃこうじみのる、法政大学出版局、1997年

『三重・松阪市仏像調査報告書』、和光大学芸術学科日本彫刻史ゼミナール、1987年

『古佛 彫像のイコノロジー』、井上正、法蔵館、1986年

『松阪市史6 史料篇 文化財』、松阪市史編さん委員会、1979年

 

 

仏像探訪記/三重県