新大仏寺の盧遮那仏像

頭部は快慶作、伊賀別所本尊

住所
伊賀市富永1238


訪問日 
2016年8月1日


この仏像の姿は(外部リンク)
新大仏寺・境内・文化財のご案内



拝観までの道
伊賀鉄道の上野市駅前より三重交通バス汁付行きに乗車し、「成田山前」下車、北へ徒歩3分。バスの本数は2時間に1本程度で、乗車時間はおよそ40分。

 

三重交通バス・路線バス


大門を入ると拝観受付(寺務所)があるので、宝蔵庫の拝観(「特別拝観」)をお願いする。事前に日時をお伝えしておけば、より確実と思う。


拝観料
300円(宝物特別拝観)


お寺や仏像のいわれなど
鎌倉時代のはじめ、東大寺の復興にあたった大勧進・重源は、全国数カ所に信仰上の、また東大寺再建のための拠点を設け、別所と名づけた。
東大寺再建になくてはならない木材の主産地である周防国(山口県)の別所は阿弥陀寺

播磨国(兵庫県)の別所である浄土寺の浄土堂は、重源が積極的に導入した天竺様(大仏様)の代表的な建物であり、その本尊は快慶作の阿弥陀三尊像として名高い。
伊賀の新大仏寺もまた、これらのお寺と同じく重源が設けた別所である。

重源の著作(『南無阿弥陀仏作善集』)によれば、播磨と伊賀の別所において中国から請来した阿弥陀三尊画像をもとにした阿弥陀三尊像を造立したとある。新大仏寺の本尊は、かつては播磨の浄土寺浄土堂の本尊同様の立ち姿の阿弥陀三尊像だったのである。
しかし、この創建時の阿弥陀三尊像は、残念なことに江戸時代前期の1635年に倒壊、かろうじて中尊頭部が救い出された。1689年にこの地を訪れた松尾芭蕉によって記録されたところによると、このころ中尊の頭部は重源像をまつった草堂内に安置され、他の断片は窟の中に置かれていたという。
18世紀に入って、陶瑩という僧が勧進によって同寺の復興をはかり、本像もこの時盧遮那仏として坐像の姿で再興された。体部の作者は京都の仏師、祐慶。


拝観の環境
拝観受付(寺務所)から奥へと進んでいくと、手前から奥へ大仏殿、本堂、宝蔵庫(新大仏殿)の順に建物が並んでいる。
盧遮那仏像は、かつては江戸再建の大仏殿にまつられていたが、現在は宝蔵庫の上階に安置されている。庫内にて拝観できる。


仏像の印象
盧遮那仏坐像は像高3メートル弱。頭部だけで約1メートルの大きさがある。
既述のとおり頭部は創建当初のもので、作者は快慶である。
内部に銘文が残されて、重源(南無阿弥陀仏)、快慶(アン阿弥陀仏)のほか、多数の結縁者や仏師の名前が書かれる。

以前の姿を記録した写真によれば、江戸時代の錆下地によって白っぽい印象であったのだが、1982年に行われた修理によって、肉親部は漆箔に覆われた。金の照りが強く、目の見開きも大きく感じられて、独特の雰囲気が感じられる。


石製の台座について
本像がかつて浄土寺浄土堂の像と同じつくりであったとするならば、台座下に木材を井桁のように組んで堅牢につくられていたはずである。

そこで重要な役割を果たしたと思われる石製の台や基壇が伝えられているのは、大変貴重である。宝蔵庫の下の階で見ることができる。
かつての写真を見るとその上に盧遮那仏像とその台座が乗っていた。盧遮那仏像をこの宝物庫に安置する際に、よい保存状態を保つために、像は上階、台と基壇は下の階と分けて置くことにしたということだ。
ただし、本尊用の台は別の碑の台座として転用されてしまい、境内にある。宝蔵庫にある台は脇侍像の心棒を立てたものである。

 

基壇はいくつもの石を組み合わせて円形の形としている。表面には、獅子とリボンを付けた玉を浮き彫りにする。東大寺の再建にあたって宋風の石の彫刻を好んだ重源らしい遺品と思う。
周囲をぐるりと回って見学できるようになっている。風化が進んでいるもののあるが、玉を追って跳びはねる獅子がとても生き生きした姿で彫られ、楽しい。


宝蔵庫内のその他の像
宝蔵庫の上階、盧遮那仏像の左右には重源上人像ともう1躰の僧形像が安置されている。
重源上人像は本尊に向かって左側に置かれている。像高は約80センチの坐像。顔は老相をあらわし、やや前に突き出して、口を大きくへの字に曲げる。手は腹前で組む。衣は省略気味にあらわしている。
東大寺俊乗堂の重源像ほどの迫真性はないが、手勢を除いてほぼ同じ姿であり、東大寺の像をもとにつくられたものかと想像される。

一方、本尊に向かって右側に安置される僧形像は、像高70センチ余りの坐像。重源像と同じく鎌倉時代の作と思われる。左右に2材を矧ぎつけてつくられているが、その矧ぎ目が筋のようになって、そのために表情が分かりにくくなっているのが残念である。
古くより伊賀上人と呼ばれたり、賓頭盧尊者像と呼ばれたりしたそうだ。


その他
大仏殿の隅に立つ十一面観音像は平安時代後、末期ごろの作。像高約150センチの立像で、穏やかな顔つきや立ち姿の像だが、保存状態があまりよくないのが残念である。
大仏殿の奥は護摩堂で、崖に彫られた岩屋不動尊を本尊としている。


さらに知りたい時は…

『快慶』(展覧会図録)、奈良国立博物館ほか、2017年

『三重県史. 別編 美術工芸』、三重県、2014年
『伊賀市史』1、伊賀市、2011年
『日本彫刻史基礎資料集成 鎌倉時代 造像銘記篇』2、中央公論美術出版、2004年
『伊賀国新大佛寺 歴史と文化財』、赤川一博、新大仏寺発行、1995年


仏像探訪記/三重県