美濃国分寺と円興寺の平安仏

迫力の薬師仏と魅惑の観音像

美濃国分寺
美濃国分寺

住所
大垣市青野町419(美濃国分寺)
大垣市青墓町5-880(円興寺)


訪問日 
2022年11月4日


この仏像の姿は(外部リンク)
美濃国分寺・アルバム



美濃国分寺について
最寄り駅は東海道線の垂井駅で、北東に3キロあまり。垂井駅北口にはタクシーが常駐する。
美濃国分寺は、奈良時代に全国につくられた国分寺の衣鉢をつぐ寺として、江戸時代前期にこの地にたてられた真言宗寺院である。本尊の薬師如来像は古代の国分寺の像と伝え、長く土中にあったものを掘り出し本尊にしたという。
なお、お寺のすぐ南には大垣市歴史民俗資料館および美濃国分寺跡遺跡がある。


美濃国分寺の薬師如来像について
本尊は薬師如来像で、本堂後ろの収蔵庫(奥殿)に安置されている。扉口からの拝観。前もって電話でお願いをしておくと、戸を開けておいてくださるので、よく拝観できる。志納。

坐像で、像高3メートルをこえる巨像である。ケヤキの一木造。ただし後補部分が多い。当初部は顔からお腹にかけてで、背中側、肩から両腕、脚部が後補である。後補の部分は伸びやかさに欠けており、この像が本来持っていたであろうゆったりとしたおもむきを損ねている。しかし、見上げるような高さで、迫力があり、圧倒される。
表情は穏やかで、肉身の様子、衣のひだ、螺髪は誇張をさけて落ち着いたつくりで、平安時代後・末期の風を感じさせる。

円興寺の入口
円興寺の入口

円興寺について
円興寺(えんこうじ)は美濃国分寺の東側にある大谷川(揖斐川支流)沿いを上流へさかのぼっていくと、東海道線の支線を越えた先、谷の奥にある。天台宗寺院。
垂井駅からタクシーで向かえば、2,000円ほど。
拝観にあたっては、ご住職となかなか連絡がとれず、大垣市の商工観光課に聞いてみたところむずかしいのではないかとの話もいただいたが、幸いにもご住職と電話がつながって拝観を受け入れてくださることになった。ご住職は3つのお寺の住職を兼務し、お忙しくいらっしゃるとのこと。

寺伝によれば、8世紀末に最澄によって現在地の東北の山の頂きに創建され、16世紀に信長による兵火、17世紀には落雷による火災があり、そののち今の場所で再建されたという。


円興寺の聖観音像について
円興寺の本尊は聖観音立像。寺伝によれば、最澄が自ら彫った像といい、信長の焼打ちの際には自ら火中を飛び出し、遠く離れた石の上に立ったと伝える。
平安時代中ごろの作かと思われ、現在は収蔵庫に安置される。庫内でよく拝観させていただくことができた。志納。

像高は約140センチで、針葉樹材(カヤあるいはヒノキ)の一木造。
実に魅力的な像である。小顔でプロポーションよく、腰は左側に右足は少し遊ばせて立つが、体の動きは控えめである。表情は生気に満ち、まぶた、鼻、口(特に上くちびる)は大振りで、目は細く、あごは小さめ。まげは高くないが、幅、奥行きともにたっぷりとしている。
肩から下がる天衣はわきの下のところで折りたたまれ、肩にはおだやかなひだの流れをつくる。胸、腹のふくらみも誇張を避け、自然なおもむきである。
下肢は風を受けて翻波式のひだとなり、後ろ側へと広がる衣のさまも魅力的である。
全体に保存状態はよいが、手先や鼻先など傷みやすい部分は後補となっている。また、光背や装身具は後補。


さらに知りたい時は…
『続 古佛 古密教彫像巡歴』、井上正、法藏館、2012年
『岐阜県の仏像』、岐阜県博物館編、1990年
『岐阜県の文化財』、岐阜県文化財保護協会編、1988年


仏像探訪記/岐阜県